【消された話】“もう一つの初代スマホ”が存在した──封印された試作機の真相
目次
- 1: 1. 世界初のスマホ、その“影”に隠れた存在
- 2: 2. なぜ封印されたのか──軍需転用の懸念
- 3: 3. ガジェット史から消えた“原点”が意味するもの
- 4: ラジオ形式トーク(ふもとあさと&仲間たち)
1. 世界初のスマホ、その“影”に隠れた存在
世界初のスマホと聞くと、多くの人が思い浮かべるのはIBMの「Simon」ですよね。電話ができて、メモも取れて、当時としてはまさに“未来の端末”。でも実は——そのSimonより前に、「電話とPDAをひとつにまとめた試作機」が存在していた、という説があるんです。
ガジェット史の表舞台には決して出てこない、もう一つの「初代スマホ」。今日はその影に隠れた存在を、そっと掘り起こしていきます。
2. なぜ封印されたのか──軍需転用の懸念
では、その“もう一つの初代スマホ”がなぜ世に出なかったのか。ここには当時ならではの事情があります。年代前半の通信技術は、今よりずっと軍事利用と密接な関係にありました。
持ち運べて、情報をまとめて管理できて、しかも通信までできる——そんな端末は、民間よりも軍のほうが価値を感じる時代だったのです。
その試作機もまさにその条件を満たしていたと言われています。もし悪用されたらどうなるのか、情報が盗まれたらどうなるのか。そんな懸念が重なり、計画は“危険すぎる”と判断され、プロジェクトは凍結。資料も処分されたとされる、これが語られる封印の理由です。
3. ガジェット史から消えた“原点”が意味するもの
もしあの試作機が公開されていれば、スマホの歴史は数年早まっていたかもしれません。電話と情報管理を一体化する発想が、もっと早く一般に広がっていた可能性もあります。
技術の世界には、こうした存在したのに語られないデバイスが意外と多いものです。
そして、この封印された原点が示しているのは、スマホ文化の根っこにある「人はいつだって情報を手のひらに集めたがる」という欲求です。今のスマホが当たり前に持つ便利さは、ずっと前から誰かが思いつき、形にしようとしていた——そんなロマンを感じさせる存在なのです。
ラジオ形式トーク(ふもとあさと&仲間たち)
さて、ここまで“もう一つの初代スマホ”の話をしてきましたが……いやあ、ロマンがありますね。IBMのSimonより前に、電話とPDAを合体させた試作機があったなんて、普通は思わないですよ。
そうですよね。当時は通信技術が軍事利用と近い距離にあって、携帯性・情報管理・通信が一体化した端末はリスクと見られた可能性があります。だからこそ“封印された”という説が生まれるんです。
技術的に見ても、90年代前半でその発想が出ていたのは興味深いですね。もし量産されていれば、スマホの普及は数年早まっていた可能性があります。技術史にはこうした語られないデバイスが多いものです。
でもさ、軍事転用ってそんなに怖かったのかね? 今のスマホなんて位置情報も通信も全部入ってるじゃない。
今は暗号化技術が成熟していますが、当時はまだ脆弱でした。情報を持ち歩くこと自体がリスクだったんです。それにあさとさん、あなた台本を全部スマホに入れてますよね。当時なら“危険物”扱いですよ。
あ、言われてみればそうか……。スマホが当たり前すぎて、危険性なんて考えたことなかったなあ。
でも、その“当たり前”って、実は長い歴史の積み重ねなんですよね。もし封印された試作機が公開されていたら、私たちの生活も少し違っていたかもしれません。
たとえば、スマホ文化がもっと早く成熟して、ガラケー時代が短くなってたとか?
十分ありえます。技術の進化は、ひとつの発明が公開されるかどうかで大きく変わりますから。
では最後にまとめると、“もう一つの初代スマホ”とされる試作機は、電話とPDAの統合という現代スマホの原型をすでに備えていた可能性があります。しかし当時の技術環境では、その携帯性や情報管理能力が軍事的価値と見なされ、計画が凍結されたとも言われています。
もし公開されていれば、スマホの歴史は数年早まっていたかもしれません。こうした“封印された原点”は、現在のスマホ文化の背景にある「情報を手のひらに集めたい」という人間の欲求を示しています。
つまり、今のスマホは、ずっと昔から誰かが思いついて形にしようとしていた“夢の続き”なんだね。いやあ、ガジェット史って掘るほど面白いなあ。
