【消された話】“口紅禁止令”があった時代──戦時に消えた美の自由
目次
- 1: “美しさ”が贅沢とされた時代
- 2: コスメ業界が迎えた“冬の時代”
- 3: “口紅の復活”と女性たちの反動
- 4: ラジオ形式トーク(ふもとあさと&仲間たち)
“美しさ”が贅沢とされた時代
「ねえ、知ってた?昔の日本では“口紅禁止令”みたいなものがあったんだって」──そんな話を聞くと、思わず「え、なんで!?」と驚いてしまうかもしれません。
実は戦時中の日本では、女性の化粧が“ぜいたく品”とみなされ、社会的に制限されていたんです。
物資が不足する戦時体制下、政府は生活必需品以外の消費を控えるよう国民に呼びかけました。
その流れの中で、女性の化粧品使用は“非国民的”とされ、特に口紅は贅沢の象徴として槍玉に。
法令で明確に禁止されたわけではありませんが、広告は撤去され、販売も自粛されるなど、事実上の“口紅禁止令”が敷かれていたのです。
コスメ業界が迎えた“冬の時代”
口紅が“贅沢品”とされ、化粧そのものが社会的に制限されたことで、最も打撃を受けたのが化粧品メーカーでした。
多くの企業が生産を停止し、従業員の解雇や事業縮小が相次ぎ、業界全体が沈黙を余儀なくされたのです。
中には、化粧品の代わりに軍需品や医薬品の製造へと転換し、生き残りを図る企業もありました。
“美”を売ることがタブー視された空気は戦後まで続き、広告や雑誌からもコスメ情報が姿を消していたほどです。
“口紅の復活”と女性たちの反動
沈黙を強いられていたコスメ業界と女性たちに、ようやく春が訪れます。
終戦直後、アメリカ文化の影響もあり、赤い口紅は“自立した女性”の象徴として再び脚光を浴びるようになりました。
それは単なるおしゃれではなく、「もう誰にも美しさを奪わせない」という自由と再生のメッセージ。
コスメ業界も急速に復興し、戦前以上の活気を取り戻していきます。
しかし、かつて存在した“口紅禁止”の時代は、今なおあまり語られることのない“消された歴史”として、静かに埋もれたままなのです。
ラジオ形式トーク(ふもとあさと&仲間たち)
さて、今日のテーマは「口紅禁止令」。いや〜、びっくりしましたよ。戦時中の日本で、女性の化粧が“ぜいたく品”として制限されてたなんて。
そうなんです。特に口紅は、贅沢の象徴とされて、広告の撤去や販売自粛が進んだんですよね。事実上の“口紅禁止令”です。
法的な禁止ではなかったが、社会的な圧力は強かった。戦時体制下では、生活必需品以外の消費が“非国民的”とされる傾向があり、化粧品もその対象になった。
